アセクシャルの恋愛対象って?(その2)
こんにちは。
先日、パートナーと焼肉ランチをするために他県まで行ってきました。
入籍の当日、引っ越しする前日にも、記念として食事をした思い出深い焼き肉レストランです。
パートナーには、恋愛感情よりもずっと強い信頼をおいています。
この人といれば「たぶん大丈夫」という、根拠のない自信があります。
結婚に大事なことって、相手をどれだけ思いやるかということと同じくらい、
一緒にいて空気みたいというか、生活の一部分になるくらい自然な存在にしてしまえるかということではないかと思います。
なんとなく。
「結婚」という種類の「人対人」の付き合いって、ゆるーく、なだらかになんとなーく続けていって、気づいた時に「お互いに歳をとったね」とそれまでを振り返るような感じになればいいなぁと、わたしは思っています。
さて、今回は前回からの引き続きで「アセクシャルの恋愛対象」という摩訶不思議なテーマの2回目です。
「アセクシャルの人が恋愛対象に選ぶ人ってどんな人?」ということに対するわたしなりの答えはこちらです。興味のある方はどうぞ。
目次
他人から恋愛対象とみられることはあるの?
では反対に、
アセクシャルの人は他人から恋愛対象とみられることってあるのだろうか。
あるいは、恋愛対象としてみてもらえるのだろうか?
という問題。
結論からいいますが、もちろん、あります(*^▽^*)
すごく、困るけれど!(;^ω^)
こちらにはそんな気はないのに、恋愛対象として見られることは当然ありますね。
当たり前だけど、見た目はめちゃくちゃ普通なわけですから。
「わたしには何を言ってもムダ! だって、誰のことも好きになれないんだからねっ!!」みたいなオーラでも出していない限り、「ふつう」の恋愛相手としてみられるのは当然といえば当然で、仕方のないことです。
「わたしって、モテるのね」と、けっこうその気になれるAセクの人はいいのですが、たいていすぐに困惑することになります。
だって、返せるものがないということが分かっているから。
最初から恋愛感情を持てないこととか、性的関係は望まないことを伝えられるならいいけれど、そんなことはほとんど無理な話ですよね。
こちらにそういった恋愛が絡んだ感情がないので、付き合ってみて進展する可能性がほとんどないということが直感から、また経験から分かっている人にとって、誰かと恋人関係を強いられる誘いは、結局時間の無駄遣いになります。
自分の時間(ということは、自分の人生)と、相手の時間(ということは、相手の人生)を奪うことになります。
お金はその後稼げばいいけれど、時間を増やすことはできませんからね。
その人が生きている間の持ち時間は決まっているわけだから、お互いに不毛な時間を費やすのはもっともバカげたことと言えるかもしれません。
時間泥棒は、絶対にやっちゃいけないことの一つです。
というわけで、極論すれば、「恋人になってほしい」「付き合ってほしい」というお誘いには、NOと言った方が誠実だということです。
お付き合いして「恋愛感情」が生まれた!
でもその一方で、やっぱり経験してみなければ分からないという人もいます。
自分から人を好きにはなれないけれど、もしかしてそれは本当にキッカケがないだけかもしれません。
誰かとお付き合いしてみて、恋愛感情が生まれる可能性もあるわけです。
その人を「好き」と思う気持ちが沸き上がってくるかもしれません。
「好き」の気持ちが出てきたら、その人には「恋愛」できる部分が体の中にあるということ。
その恋愛を楽しんだらいいと思います。
これまで「恋愛感情なんてない」と自分で決めてかかったり、誰かに話してしまったとしても、そんなこと気にしなくてもいいです。
性的指向は変わるものです。変わったら変わった今の自分を楽しめばいいだけのこと。誰も責めたりしないし、責めるようなことでもありません。
誰かと心をつなぐことは、とても幸福なことです。
それが恋人という対象であれ、家族であれ、親友であれ。
お付き合いしたけれど「恋愛感情」は生まれなかった!
反対に、実際にお付き合いしてみて、やはり自分には「恋愛感情」というものが生じてこないという場合。
もしかしたら、本当に、Aセクが言われて嫌な言葉「まだ出会っていないだけなのでは?」状態なのかもしれないし、
あるいは本当にAセクの可能性が高いということだと思います。
性は流動的なので、どんな場合でも今現在のライブ状態の自分の気持ちを大切にすることが一番なのかなと思います。
その後変わってもいいし、今の自分のままの状態で死ぬまで変わらないかもしれません。
先のことは分からないので、現在誰かに恋愛感情を持てなさそうなら、それはそれで自分が没頭できるものをみつけて、周囲が恋愛がらみで浮足立っている時にも冷静に、淡々と理想とする自分自身を作ることに時間をかけた方が賢いと思います。
「恋愛しなければならない」と思い込んでいた過去の自分に言ってやれるとしたら、そういうことですね。
結論
変な結論ですが、結局のところ、
アセクシャルの人側からの恋愛対象というのは実際ないけれど、
恋愛対象とされることはあるということ。
試してみなければ分からないこともあるし、試さなくても理解してしまっていることもある。
現在の自分の心のメーターがどの辺りにあるのかで、対応は変わってくるでしょう。